Return



つはものどもが お名前: Tarakowski さん [2006/01/12] No.6601
諸業無常
こっちの方がよかったですね。イハゲー社もライツ社もしかり。

諸業無情
で、ニコンは何人リストラするのでしょう。

ツァイス・イコン
売れているのか、いないのか。誰か使っている人いないんですかね。

流感
ついに教師も一人罹りました。流行の兆し明白。交通革命、大量輸送時代の鬼っ子のような病気。


諸行無常 お名前: Tarakowski さん [2006/01/12] No.6600
ニコン銀塩撤退
F6とFM10(OEM)を残しすべてディスコンだそうです。キヤノンのひとりがちか。
来るべき日が来たという感じ。フィルムはいつまで続くのか。

哲学科
西洋史と西洋哲学の研究室は仲良しで合同合宿などしていたので、西哲の授業も取りました。でものめり込んだのは東哲の方です。


遅れて来た反抗期 お名前: Мася さん [2006/01/12] No.6599
Привет
カンニング竹山という訳ではありませんが、最近日産のCMで80年代のパンクロックグループのクラッシュの曲が使われているのでベスト盤を借りてきて聞いていました。
更にエスカレートして先日、ピストルズ(ホントは頭に付く言葉があるのですがハネられそうだし、私も書くのに抵抗があります)のベスト盤を聴いてみたら中々イイと思いました。
当時パンクを嫌っていましたが今になってよく思えるようになりました。

ラップは嫌いなのですが、同じように20年も経てばよく思えるようになるかな?
モスクワでMTVを見ていて、2パックの"Changes"という曲のプロモーションビデオをよく見ました。キレイなピアノに合わせて歌うラップですが、この曲だけは好きです。
ちなみにこの2パックは銃弾を7発受けて死んだそうです。同じラッパーの50センツは9発受けても生きているそうです。
やっぱり反逆の歌なのか?

その昔、ポール・マッカートニーの歌が政治的な問題を含むというので英国内で放送禁止になったことがありました。
日本での、国技館で力士のマワシが取れたという歌が放送禁止になったのとはワケが違う...

壁:
壁というとピンク・フロイドの"ザ・ウォール"を思い出します。
壁を作って引篭もるというようなコンセプトだったかな?テレビで映画が放送されビデオに録っておいたのですがロクに見ていませんでした。
20年以上前に現代の日本を予見していた?

入試:
今日は息子の学校では中学校の入試が行われます。あれからもう5年なんだなぁ、早いなぁ...
息子の代は中高一貫となった第一期生(それまでは高校のみ)なんです。その成果が来年度に現れます。
お上のやり方に反抗して「ゆとり教育」のなかった連中です。
私、共通一次試験が実施された2年目の世代ですが、実施日は大抵都内でも雪が降りました。センター試験日はどうなるか?

哲学:
私、哲学科の卒業...

Пока


壁、壁、壁 お名前: Tarakowski さん [2006/01/11] No.6598
壁を壊す
身近な所に壁を作ったり壊したりするのが若者の常。日の出る国の若人たちは親子の壁築いて、ガッコウのトイレの壁壊すやら忙しい。

戦後の教育
telefunkenさまの仰言るとおり、学問がへりくだりすぎたのを痛感しています。哲学が消え去ったのが大きな原因。歴史哲学も教育哲学もカメラ哲学も、何処に消えたかフィロソフィー!

ゆとり教育世代
いよいよ今の高校3年生(ゆとり世代第1期生)が大学入試に挑戦です。
そりゃ激しい競争をくぐり抜けた世代とは比べ物にならないほど学力は低い。あまり集中力はないし、かといって「考える力」がいっぱいついているかといったらそうでもない。文部科学省の創造の産物。さあ、どうする?


お名前: telefunken さん [2006/01/11] No.6597
教育
ぼくらのときは、社会科というものがないので、学校では政治的な話があまり出ませんでした。教師も戦局とかについて話たがらなかった感じがあります。中学では特にそういう感じがありました。教練の配属軍人だけが、ピリピリしてましたが、みなはバカにしてる感じがありました。

中学は公立ですが、校長の方針で、最後まで英語教育をやめませんでした。マコーレイとかベーコンとかムツカシイものを習いました。

戦前の教育について特に感じるのは、戦争も含めて実社会との距離が大きかった、という気がします。戦後の教育とは、いちばんそこが違うのではないでしょうか。

停戦と三国干渉
たしかにそうなった可能性はありますね。

ラップと暴動
フランスのラッパーが暴動を煽るという理由で当局から圧迫されています。ヒップホップカルチャーは落書き、汚いだらしない服装、ラップなどを特徴としていますが、人種差別の強いアメリカやヨーロッパ各国では反抗としての意味があるのでしょう。でも日本では何に反抗するのだろう。


お名前: Tarakowski さん [2006/01/11] No.6596
外食
最近ガッコウの食堂が外注(アウトソーシング)になって、野村監督で有名な外食産業が入りました。とても塩分多くて閉口しています。若者向けの味付けは塩辛すぎます。特に今は血圧に注意しているのでとても食堂に行こうとする気が起きません。

金角湾
Zolotoi rogでした。男性名詞ですよね。恩師が晩年行ったのですが、不肖の弟子はまだ行ったことありません。あそこにコンスタンティノープル総主教座があったのです。いつかエクサクタ持って行きたいな。

神谷町
某クラカメライターの記事はネット上に書かれたものです。有料会員でないのでもう読めない。

狂苛書
教科書「を」教えるのか、教科書「で」教えるのか。当然小生の場合は後者。一応どのガッコウも校長と教頭が学習指導案を学期毎にチェックすることになっています。形式上ハンコ押すだけですけど。

偏向防止
某私立高校ではTVカメラが各教室の後方に付いていて理事長にモニターがあるそうです。嫌だなあ、駄洒落も言えなくなる。

偏光フィルター
大好きなのですがこの1年間一度も使いませんでした。珍しい。

本日の灯油価格
18リットル1346円でした。すごい高値。


外食 お名前: Мася さん [2006/01/11] No.6595
私、生まれも育ちも川口です。確かに夕食で出かけるという気にはなれませんね。
子供の頃、川口もそんなにお店がなかったので隣の赤羽に食べに行くというのがとても楽しみでした。
今では東口(金井さん家側)は沢山のお店が出来ましたが西口(あたしんち側)は美味いお店がありません。(あっ同級生が経営しているお店があったけど...まぁいいか)
昼食ではよく駅前のお店に行くようになりました。線路がよく見えるので通過する電車を眺めることができます。
あそこ、ランチがなかったとは知りませんでした。息子が幼稚園の頃、オカーチャン達がよく行ってたそうでした。

私もわざわざ地元で夕飯を外で食べる気はありませんが、帰宅途中で何か食べるというというのも好きじゃないです。
相変わらず、オープンしたてのショッピングモールのレストラン街は休日となるとどこも行列になります。

きょーいく:
私が小学生の頃にいた年取った教員って戦時中も教員だったのかなぁっと最近思います。
右とか左とかの偏りはなかったのですが変な偏りがあったと思いました。左というより教員組合の強いガッコでした。地域的に見ても鋳物工場が多く、工場経営者の子供と従業員の子供が入り混じる環境...
小学生の時、西川口の方から今の所に引っ越して(父親の実家に戻ったんですが)学校も替わったのですが、どちらも教師の質は悪く(転校先の方で一人良い先生に巡り会いました)、生徒の質は前の方が良かった...
今子供の質というと、東口側と西口側とでは大きく違うんですよねぇ。

修理:
トプコールの修理よりもニコンレンズシリーズE36-72mmズームにガタがあるんですがこれを何とかする方が先かなぁ。
京成バラ園や成田空港に向う途中、ニコンとキャノンの修理しまっせーという看板を堀切菖蒲園駅近くで見かけるんです。たしか従兄弟(一応ライター)に紹介された所じゃなかったかな?
毎年堀切菖蒲園には出かけているんですが、土日営業してるのか確かめてないんです。


お名前: 管理人(金井) さん [2006/01/11] No.6594
こわしたー:
 Kaleinar100mmの絞りが不調でした。症状は、絞りの値をいくつにセットしても4程度になってしまう。レンズをたたいたりすると直る。でも、しばらくすると、また故障。
 で、マウントをはずしてみると、ネジが1本緩んでいました。絞りの値を、実際に絞りに伝えるための部品が有ります。この部品を取り付けているネジが緩んでいました。ネジをしっかり締めて、修理完了。と思ったら、絞りリングをはずしてしまった。はめようと思っていくら努力しても、絞りにクリックがかかるためのボール(2個有る)が入らない。我ながら不器用。しかたないので、ボールを1個にしました。絞りリングが軽すぎで気に入らない。

教訓:クリックがかかる絞りリングは、不用意にはずすな。マウントをはずす場合は(そんな必要ないと思うけれど)、絞りリングまで、はずさないように注意。


敗戦必至:
 太平洋戦争が部分停戦できた可能性を否定するわけではないのですが、もし、そうだったとしても、三国干渉の二の舞だったのではないでしょうか。世界戦争では首都を含む広範な産業中心地を占領しない限り、勝利はなかったのではないか、そんな気がしてなりません。支那事変では、南京を攻略をしても、勝利には程遠い状態でした。

偏向教育:
 熱心な教師と、そうでない教師がいます。熱心な教師は必ずしも教科書を教えようとはしない。このため、教科書と、違った教育になることも有ると思います。Tarakowski先生の授業もそんなような。
 中学生の頃、社会化教師が熱心な右翼的傾向教師でした。東京では、右翼的傾向教師はいなかったかもしれませんが、地方に有っては、特に珍しいことではなかったと思います。戦前の教育を受けてきた人が、教師になっていたわけなので。憲兵隊が教師を監視しない限り、教育行政で、特定思想を徹底できるものではないと思います。教育行政で、国民の意識を操縦することは、それほど簡単ではないように思います。
 生徒は授業など聞いていない、と、言ったらおしまいだ。

偏向記事:
 ソ連関連の記事は、偏向と言うよりも「でたらめ」といった方が良いようなのが、たくさんありました。ソ連は宇宙の外の地獄にあるような記事もあったような。極東とペルミなんて近い近い。

ロシア料理店:
 川口の有名?なロシア料理店は、昼間は営業していません。川口で夕飯を食べる気もしないし。


困ったものですね お名前: Мася さん [2006/01/11] No.6593
Привет
インフルエンザ:
息子のガッコも昨日が始業式でしたが、みんな元気で登校してきたようです。
年内に家族全員、予防接種を受けていますが油断はなりませんね。

ライタ:
そういう事にまで触れるのであれば、ロシアカメラを専門とするシトでしょうか。
ロシアカメラについて何も知らない、調べようともしないのに、ロシアに関することなど正しく書けるはずがないと思っています。
そういうことを平気で掲載する出版社、読者をナメとんのか!? ということで立ち読みで軽く流す程度眺めています。

投稿:
某ロシア交流団体の掲示板も変な投稿が増えたので今年から対策が執られたようです。
だけどアラシはどうにかならんのかなぁ...

番組:
間違いを言うのもヒドイですが、その後彼女に連絡をとりたいのだけれど、誰か連絡先を教えてくださいという投稿が増えること。流石に今回は無いようですが前回は沢山ありました。
一度取材を受けたというコムソリスカヤ・プラウダ ペルミのメアドを教えたことがありました。放送したTV局に聞くのが一番だと思うのですが。

早トチリ!
以前、モスクワの市電でオーストリアKTM社製とお伝えしましたが、これは形式であってロシア製でした。
最近、Bトレインショーティの路面電車をモスクワの市電風に塗り替えているのですが、参考にウェブを眺めていて気がつきました。

Пока


連絡−重要 お名前: 管理人 さん [2006/01/10] No.6592
本文にhttpを含む場合、投稿は拒否されます。
httpの文字列を書かないでください。

たとえば、読売新聞のホームページを紹介するときに、
http://www.yomiuri.co.jp/
と書くと、投稿できません。

//www.yomiuri.co.jp/
は、投稿できますが、自動リンクは張りません。

最近、おかしなページを紹介する投稿が相次いでいます。特定の文字を見て、投稿を拒否していますが、限界です。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。


バラライカ お名前: Tarakowski さん [2006/01/10] No.6591
ライター
分かりました。神保町のバラライカが閉店になっていたんだそうです。神保町と神谷町、確かに間違えやすいけど、あの人いいかげんやな〜。信じた私が悪いのですが。で、そのバラライカは木村彰一教授のグループが白水社の会議室を借りて、その打ち上げ会場という話です。

元祖バラライカ
三宮のロシア料理店。大昔一度入りました。ボルシチを食べた記憶が。

御殿場のバラライカ
ログハウスのレストラン。ソ連貿易の仕事をしていた頃、小さな仕事のパートナーがオーナーをしていました。どうなったんだろう。

金角湾
東上線の坂戸駅の近くにあったログハウスのレストラン。名前が何故かZolotaja rog、オーナーに由来を聞きそびれてしまいました。

ばらばらライカ
アメリカに渡ったユダヤ人が壊したVC、そろそろ直してやろうと思っています。これで短篇小説が書けそう。

ガッコウ伝染病
第1種が普通の伝染病(コレラとかエボラ出血熱とか)、第2種がインフルエンザとかはしかのような病気です。第3種というのもあったような。第1種の伝染病に生徒がかかった時は(私学の場合)校長は県の教育庁学事課に届けなければいけません。

極東のペルミ
僕も見ました。困ったものです。


そろそろ例の..... お名前: Tarakowski さん [2006/01/10] No.6590
流行性感冒
始業式でしたが3人位「出席停止」でした。学校法定伝染病なのです。

灯油
18リットル1300円でした!先月は千円切っていたのに。当地は安売り店が多く、東京で700円位の頃500円台で売るホームセンターがあります。でも今は全国標準価格に。

バラライカ
露文の先輩方が良く行っていたお店です。僕らはビンボーだったので居酒屋でロシア民謡、ドイツビールの歌。


う〜む お名前: Мася さん [2006/01/10] No.6589
取材もしないでいい加減なことを書いても当り障りがなければまぁいいのかもしれませんが、偏向そのもので書くシトがいますね。
尤も偏向というより、無知から発した稚拙な推論だと思われますが。書く方も書く方なら掲載する雑誌も疑われますね。
教科書は流石にこういう作り方はしていないでしょうね。

ロシア料理店:
いつの間にか浅草に出来たなぁと思っていたところが最近看板を見なくなったような気がします。
駿河台下付近にも2軒くらいあったような気がします。渋谷のロゴスキーももう1軒あったのですがどうなっちゃったんだろう...まだ早いけれど、久しぶりにブリヌィでも焼いてみようかな?

自宅のネット環境を何とかせねばっと思いながらもプロバイダの優遇期間が過ぎてしまいました。


中毒 お名前: telefunken さん [2006/01/10] No.6588
実は昨日一日、Bフレッツの故障でインターネットが接続できず、今日NTTから技術者が来て修理してくれました。一日でもコンピュータと縁がきれると落ち着かない。

これは困ったことなのでしょうか。一日待てばよいとわかっているから待てるが、無期限なら待ちきれないでイライラしっぱなしでしょう。考えさせられました。


偏向 お名前: telefunken さん [2006/01/10] No.6587
金井さま

Bについて、失敗した侵略は正当化できない、というのはその通りですね。

@について、戦前と戦後では、教育の根底にある史観が違うのは当然ですから、おなじ事実でも評価が違ってくると思います。光源によって観測対象の色が変わるのと同じでしょう。
感じるのは、戦前には日本に敵対する国家のことも、教科書などではそんなに悪くは書かなかった。ジャーナリズムは鬼畜とかどぎつい感じだったけど、教育ではわりとニュートラルな感じがあった。戦後は教育の中での日本批判がちょっとどぎつい感じがある。偏向と感じているのは、そのへんのことですね。

Bについて、大東亜戦争が敗戦必至だったかどうか、開戦当時のぼくの年齢では判断にムツカシイところですが、シンガポール陥落ごろまでは勝っていたと思います。その時点での和平提案を拒否したことが事実であれば、それが敗戦の原因だと思います

扶桑社の教科書は困ったものです。仮に正しい論旨があっても、あれでは誤解を与えてしまう。

白餡
三笠に白餡が弱い、というのは賛成です。銀座三越の地下の仙太郎という店の藷
預饅頭は餡が黒い漉し餡で強い味で非常においしいです。

ロシヤ料理
むかし神田にバラライカという店があった(いまもある?)ころ、わりあい通いました。神谷町の店は言ったことありません。赤坂のマノスも。

ライター
デュポンです。いや、取材をあまりやらないで、いい加減なことを書くやつはムカシも今もいます。ぼくもそういうキライがーーー。



撮れない... お名前: Мася さん [2006/01/10] No.6586
Привет
寒いせいもあって、外に出たくない、また撮るものがないという状態です。
この三連休、日曜は全く外に出ませんでした。土曜はちょっとお買物へ、月曜は塾の申し込みに付き合うついでに息子の電子辞書を買いに秋葉原へ。
電車男の影響もあってアキバはすごい人出。歩行者天国に出ればチラシ配りのメイドさんが...彼女を囲んで写真を撮る人たち...そういう光景を撮る人...私ですが。
フィルムが勿体無いのでデジカメで撮ってました。

毎年恒例のクラシックカーフェスティバルが今月末にあるので使用するカメラを選んでいます。
レンズは35mmの方が使い易いのでЮпитер12。ではカメラは...久々にКиев4Mか?もっと久しぶりにミノルタ35Uか?
このミノルタ35にИндустар50とVCメータを装着すると以外とカッコイイ。電子辞書を買ったついでにポイントカードでミノルタ純正のストラップを買っちゃいました。(安かったのでDimage用ですが)
っとなるとフィルムはコニカかな?

ロシア料理店:
殆ど行きませんが、恵比寿の駅ビルにある所に一昨年行ったことがあるなぁ。10年位前、ミニ四駆で遊んでいた頃、東急東横店の屋上のコースでいい大人が数人で走らせた後、東急プラザのロゴスキーで紅茶を飲むというのがキマリでした。
川口駅の金井さん家側にもちょっと評判のロシア料理店があるのですが行ったことがないです。
東京タワーの近所のお店もビザの申請の帰りに通るのですが行ったことがないです。

ライター:
いい加減ですね。きちんと調べないヒトが多いです。特にロシアカメラ関係では。ロシア関係と言ってもいいかもしれませんね。
昨夜、ある番組で、「極東の地、ロシア」って何じゃぁ?TV番組雑誌(だったと思う)では、「モスクワ・ペルミ」って...併記のつもりなのか...ペルミはウラルのエカチェリンブルグの北の街なんですが。
勿論、総統は徹底されています。

京都:
いいなぁ...

Пока


寒い! お名前: Tarakowski さん [2006/01/09] No.6585
ようやく血圧が下がりはじめて犬たちと散歩に出かけましたが、まだ首からカメラ下げる雰囲気でないです。昨日も今日も国立競技場からのTV中継観ていました。数年前でしたらベンチコート着て観戦していたのに....。梅の花が咲く頃を楽しみにしています。

ニコンのモードラ
yukyyさん初めまして。銀座のニコンハウスなら絶対何とかなると思います。中野のフジヤカメラにもありそう。

神谷町
ロシア料理店、続いていたんですね。某有名クラシックカメラライターの記事を信じていました。失礼しました。あそこは高級店なので自腹切ったことないんです。


ニコン お名前: yukyy さん [2006/01/09] No.6584
どなたかニコン F4-MD21のワインダー(モータードライブ)がどこで手に入るかわかる方いらっしゃいますか


早口は苦手です お名前: 管理人(金井) さん [2006/01/09] No.6583
ガス:
 ウクライナはロシアから安価にガスを輸入して、それを高額で西ヨーロッパに転売しているとの噂があり、ロシアは不信感を持っていたようです。グルジアなどに比べ、ウクライナで価格交渉が遅れた理由は、この点にあったようです。

白三笠:
 八坂神社と八坂塔の間にある、ぜんざい屋で白三笠を買いました。白餡のドラ焼きです。白餡は味が弱いので、周りのカステラに負けています。周りのカステラを、もう少し工夫して欲しかった。

智積院:
 毎朝6時半から1時間ほど、勤行があり、それに参加しました。といっても、真言宗なので、一緒に読経するわけではなく、座って見学しただけです。


行為が成功していれば、動機が正当化される:
 一般にはそうは思いません。それでは、信仰が成り立たない。
 戦争と侵略は、要するに、殺人なので、本来はどう考えても正当性はないと思います。でも、不当性を主張する勢力がなくなってしまったならば、不当と言えない。で、結局、成功した場合は正当。戦争と侵略が成功したということは、絶大な権力を握るわけなので、一般事案とは、ちょっと違っても仕方ないのでは。でも、敗戦は、どう考えても、正当化されないし、失敗した侵略が正義とは、とても思えません。

>戦後は歴史教育の中に、ちょっと善悪の問題を持ち込みすぎているのではないか
 との、お気持ちは、分からないではないのですが。
 「暴戻なる支那軍」の鉄道爆破事件が、戦後になって、「暴戻なる関東軍」のしわざであった、と書かれたとしても、特に驚くに値しないと思うのですが。。。
 扶桑社の歴史教科書を読むと、日本の行為は賞賛のニュアンスの用語を使い、ソ連・中国の場合だと、むちゃくちゃに悪い印象の言葉を使う。米国の場合だと、まともな言葉を使う。このような感じがしました。扶桑社の教科書こそ、善悪の問題を、都合よく持ち込みすぎ。
 

No.6578の補足:
 No.6578では、いろいろなことを、ごちゃごちゃ書いたのですが、要するに、以下3点だけです。
@戦前の教育は戦争の勝利を前提にしていたので、前提が崩れた以上、否定される。戦後教育は、敗戦の現実に立脚しなくてはならない。このため、違って当然。戦後教育が、特別に偏向しているわけではない。(ま、教育には政治の介入があるので、多かれ少なかれ、偏向しているものですが。)
A敗戦責任があって開戦責任がないのだとしたならば、敗戦に至った特別の原因を究明すべきである。敗戦必至の戦争であったならば、開戦責任は免れない。太平洋戦争は、敗戦必至の戦争だったような気がします。
B失敗した侵略や、敗戦は、どう考えても正当化できない。


バスガス爆発x5 早口で お名前: みらんぢ さん [2006/01/08] No.6582
ロシアが元旦からウクライナへのガス供給をストップさせましたが、2日ほどで合意に至ったようですね。こういうことでロシアは嫌われるのか、と思いましたが
ウクライナ/ロシア間のガス代金がEU諸国の1/5程度だったのですね。
EUに入るなら相応分負担してくださいよ、ということだったのでしょうか?やはり資源などは売り手市場なんでしょうか?
ニっポンで暮らしておりますと資源のある国というのは、どういう世界なのか想像がつきません。

ライカM5は乱高下激しく、小豆相場のようです。もう、持ち直してしまいました。
安いときに買って高いときに売りM7かZeiss Ikonに化けさせたいものですね〜。


今日は久しぶりにカメラ散歩でした お名前: かぱまん さん [2006/01/08] No.6581
管理人様、上洛されていたんですねぇ。雪が一息ついたタイミングでよかったですね。

智積院といえばその昔、某埋蔵文化財研究関係の施設が仮住まいしていて、近所の女子大の学生さんに手伝ってもらって、遺物の整理作業をやっとりました。
秋に境内のギンナン拾ってオーブントースターで焼いて、たらふく喰ってたりとか、どん底のビンボー生活だったので、近所のタバコ屋さんで「わかば」ばっかり買っては吸ってたとか、そんなことばっかり思い出されます(笑)。

僧侶の読経の中に、尼僧の甲高い声も混じって>
って、何か珍しい光景ですねぇ。一緒に勤行してるんですか?? 煩悩が抜けそうになさそう(笑)。

今日はまたもやちらりほらりとささめゆき。年始にどこにも出かけられませんでしたので、広隆寺から清水寺までの、初詣を兼ねた長距離散歩としゃれこみました。
広隆寺はいつものように閑散としていました。門前の嵐電太秦駅から四条大宮まで路面電車で移動。そこから阪急で河原町へ。
今日は「十日えびす」の宵々宮(?)だからでしょうか、人出が多かった。だから八坂神社はパスして花見小路を南下、建仁寺境内を散策してから六原を経て、八坂の塔を目指して急坂を登ります。そこから清水寺まではまたもやけっこうな人出で、ゆるゆるとしか進めません。
清水寺界隈では、どこかの写真サークルの初撮影会だったのでしょうか、やたら大きな三脚に大口径ズーム付きのニコンのデジイチ(?F5かも?)を抱え込んだジィさまバァさまが目立ちます。元気ですねぇ、皆様。
でもあんな大荷物が平気ならば、なんで中判カメラを使わないのでしょう?? キエフ60だったらむしろ軽いんじゃなかろうか。街中スナップで重装備な人を見かけるたびに、フットワークを犠牲にまでして、彼ら(彼女ら)は一体どんな写真が撮りたいんだろう?って不思議に思います。ま、考え方の違いですねぇ。

寒空の下ソフトクリームを食べ、京都駅まで歩いて帰りました。さすがに疲れました。


マイアミ お名前: Tarakowski さん [2006/01/08] No.6580
NYでなくて良かったですね。気温も温暖で2月なら乾季なのでスコールにやられるということもないでしょう。春服くらいでいいんじゃないでしょうか。USアマゾンでCDを注文するとマイアミに発注するのですが、なぜかフランクフルト(マイン)から送られてきます。

シフトレンズ
PCニッコール35ミリ持っていますが千葉に越してから一度も使っていません。ということは6年も。以前は旅行でビルが入る風景の撮影用レンズでした。ここは田舎なのでビルを撮らなくなったのでしょう。日本建築にシフトレンズは難しいですね。ただしレンズの描写は悪くない、ごく普通の標準レンズです。15年位前、新宿の歌舞伎町で30K円位。買った時の事は何故か今でも昨日のように覚えています。

歯車
三が日、寝床で随分本を読み(眺め)ました。マイゼンベルクは凄いヒトだと感心しました。もうこんな本を書けるというか、他人のために書いてくれる技術者いないのでしょうね。

エクトラ
1990年のブルーブックを見たらボディーがUS$500、レンズも$100位。随分高騰したカメラですね。逆に暴落したのがライカM5。

ロシア料理店
東京タワーの近くに昔あったレストランの経営者は中国人で、その娘さんが昔の職場で働いていました。大変明晰で仕事のできる女性でした。レストランはもう消えてしまったそうです。素晴らしい中国人を沢山想い出します。


偏向 お名前: telefunken さん [2006/01/08] No.6579
なるほど、結果が過程の可否をきめる、そういう考えですね。

行為が成功していれば、動機が正当化されるが、失敗していれば、動機が否定される、というように論旨を抽象しましたが、電車に飛び乗ることに失敗したら、会議に遅れたくなかった、という動機が否定されるでしょうか。たしかに失敗して遅刻したのだから、言ってもムダという感じはありますが。

だから結果がどうであっても、動機の正当性の有無には影響しない、と言いたいのですが、そう言い切れるかどうか、ちょっと考えています。

それと歴史的過程に、善悪ということがどう拘わってくるのか、ムツカシイですね。

といいながら、正当性という観念の中にも、すでに善悪が入り込んでいます。一方ぼくは倫理的範疇が、歴史的認識を曇らせるという気がしてます。

偏向というコトバで言いたかったのは、戦後は歴史教育の中に、ちょっと善悪の問題を持ち込みすぎているのではないか、ということです。

ぼくらの受けた教育では、そのへんはわりとアッサリしていました。日本は正しい、という押し付けもあまりなかったし、アヘン戦争なども、ワリと客観的な叙述でした。というより、近代、現代史についての教育はあまりなかったし、少しあっても、歴史的な事実について、正しい、まちがっている、という教育もあまりなかった気がします。

この問題は深いので、もうちょっと考えを整理してみます。

ハハハ、若い美人尼僧が理趣経を説く、というのは面白い。どうなさいます。結果がよければ、その破戒も正当化される?





煩悩 お名前: 管理人(金井) さん [2006/01/08] No.6578
知積院:
 知積院会館に宿泊しました。早朝「お勤め」に参加。僧侶の読経の中に、尼僧の甲高い声も混じって、不思議な雰囲気でした。若い美人尼僧に理趣経を説かれたら、どうしよう。
 その後、僧侶の案内で、知積院を見学しました。南無大師遍照金剛。

戦前の偏向教育:
 終戦前の教育は偏向していました。戦争中にあっては、戦争に対して、勝利を前提とした戦争感に従った教育がなされます。本来は、勝敗が定まっていない以上、敗戦も視野に入れた教育がなされるべきなのかもしれませんが、現実にはそんなことは不可能でしょう。このため、勝利を前提とした、偏向した教育がなされるわけです。結果として勝利すれば、その教育は正しかったといっても間違いではないので、偏向していない教育だったと後付けで、言えるのかもしれません。しかし、結果として敗戦した場合は、勝利を前提とした教育は、事実に反した誤った教育として、全否定されるのは当然のことです。
 戦後になって、敗北を事実として受け止めた歴史認識が、正しい歴史認識であることは、議論の余地がないことです。最近、敗戦が事実でないかのごとき、あるいは、敗戦の事実を忘却した歴史認識がありますが、おかしなことです。
 以上、telefunkenさまの、戦後偏向教育論の逆を考えてみました。いかがでしょう。

開戦責任:
 「日本が負けた理由を考えなさい」この問題には、どのように解答すればよいのでしょう。日本の生産力・技術力・国土面積・地球上の位置、などなど、あげられるかもしれません。中学生のときに、「日本が負けた理由を考えなさい」との、宿題が出されました。社会科嫌い少年だった私が書いた答えは、こんなものでした。しかし、これらは、はじめから与えられている条件であって、戦争前から分かっていたことではないか。では、どうすれば、勝っていたのか。
 もし、勝利に導く方法が見つかるならば、敗戦の原因を究明することは、意味のあることかもしれません。しかし、敗戦必至の戦争であったならば、開戦責任が問われるべきです。「日本が負けた理由を考えなさい」ではなく、「日本が開戦にいたった理由を考えなさい」とすべきではないだろうか、そんな気がしてなりません。

侵略犯罪:
 失敗した侵略が、犯罪行為であることなど、自明ではないでしょうか。強盗と同じです。侵略が支配に変わり、行政が成功して、初めて、侵略が犯罪でなかったと言えると思います。日本の中国侵略は、各地で、中国人民の激しい抵抗にあって、破綻しました。だから、犯罪です。

 戦争も侵略も、それ自体は、良くないことでしょう。成功した場合のみ、結果オーライなのではないかと。終戦前の教育と、戦後の教育とでは、勝利の確信を前提にするか、敗戦の事実を前提にするか、この違いではないかと思います。最近、「自虐史観」などの言葉で、戦後の歴史観を否定したがる人たちがいますが、敗戦の事実を前提にするのではなく、単に、言葉使いで、目先を誤魔化そうとしているよううに思えます。


京都 お名前: telefunken さん [2006/01/08] No.6577
金井さま 
二日でまわられたのですか。けっこう強行軍ですね。
白三笠とは珍しい。でもなんだか京都らしい

知積院はシブイ。ぼくは前はよく通るのですが、中を拝観したことはありません。

シフトレンズはPAクルタゴンしか知りませんが、いままで結果に満足したことがありません。建築物を撮るという本来の目的にならいいのかも知れませんが、汎用性は少ないレンズのような気がします。

京都の家を売ってから、わりと京都のことが気になります。


モデル お名前: telefunken さん [2006/01/08] No.6576
コロンビア
に電話して、危険だから行けないのでニューヨークで会おうといったら、マイアミにしてくれという反応でした。

こっちの社長もそれでOKなので、マイアミ行きになるかも。行ったこと無いからどんなトコか知りません。なにかのイラストで椰子の木が書いてあったような。夏服いるのかなー。

大東亜戦争はぼくらのアタマの中ではジハド(聖戦)です。日本側の勝手なリクツですが、教育とは恐ろしい。

マイアミに一緒に行く会社の社長は、いま中国です。中国に新しい工場を作ったので、それの初期品質安定の視察のため。コロンビアに輸出する品物は、だから中国製なのです。

むかしぼくの部門にいた女性と40年ぶりに電話で話して、ちかじか食事することになりました。彼女は神戸の中華料理の大手の店の娘さんで、中国人二世です。アメリカのカーネギー・メロン大学の数学科出身の数学者で、ぼくが電算機システムの責任者をやってたころに働いていた子で、いろいろな計量モデルを開発してもらいました。

専門は群論でした。彼女に群論をてほどきしてもらいました。いまでも群論のことを聞くと懐かしいです。彼女がぼくにいちばん親しい中国人でした。ワイアシュトラス、デーデキントなどの現代代数学のことも教えてもらいました。リーマン、ルベーグ、ヒルベルトなどについて知ったのも彼女のおかげです。

あのころはぼくも30代だったので、仕事のあと電算機室で夜遅くまで彼女と議論しました。工場移転をオペレーションズ・リーサーチ手法で最適化するモデルを一緒に開発したのを思い出します。

数百個あるバリアブルとパラメーターの時系列変化予測をラグランジアンで求め、またそれぞれを偏微分サブルーチンで感度分析して、重要なやつだけを確率関数的に処理するのです。アメリカ側親会社のオペレーションズ・リサーチ部門にも助けてもらいました。




お名前: ** さん [2006/01/08] No.6575
削除しました


お名前: ** さん [2006/01/08] No.6574
**


大東亜戦争 お名前: 開南丸 さん [2006/01/07] No.6573
telefunkenさま>
ご教示をありがとうございます。日本が一方的に悪かった訳では無かったと確信しました。そうでないと戦争で亡くなられた方があまりにも浮かばれません...
中国もイヤですが、中国人の態度も嫌いです。以前フランクフルトで強引に値切ろうとして店主とケンカしている所を見たことがあります。ドイツでは値切る習慣があまり無いのに...見ていてとても見苦しかったです。

そんな私も、JUNGHANSの手巻きクロノグラフをキズを理由に安くしてもらい買って来た不届き者です(キズを指摘したら快く値引いてくれましたので、ややマシかな?)。
次はASKANIAのクロノグラフが欲しいです。以前お世話になった義理もあるし...




京都 お名前: 管理人(金井) さん [2006/01/07] No.6572
金曜日は休暇をとって、京都観光旅行していました。
 6日:二条城−銀閣寺−永観堂−ぜんざい屋−清水寺−
 7日:智積院−三十三間堂−広隆寺−東寺
 まるで、修学旅行生。銀閣寺は雪が積もっていました。三十三間堂は雪が降っていました。広隆寺は晴。カメラは、Kiev-19。レンズは35mmシフトレンズと100mmKarenar。6日、ぜんざい屋で「白三笠」を買いました。白餡のドラ焼きです。
 35mmシフトレンズは難しいレンズです。凡庸+不自然な写真にしかならないような気がします。自分が、どのように撮りたいのか、イメージが掴めません。

投稿拒否:
 かぱまんさま、ご迷惑をおかけしてすみません。最近、毎日10件以上、招かざる投稿があります。このところ多いのが、同一人と思われるけれど、IPアドレスがまったく違い、短い文章の投稿です。内容は、猥褻サイトの紹介。このため、片っ端から、禁止語にしています。当分の間、ご迷惑をおかけしますが、ご了承ください。


雪印 お名前: Tarakowski さん [2006/01/07] No.6571
年末の出勤前の車内です。0度でした。テッサー50o
画 像 : img20060107194738.jpg -(65 KB)


コロンビア お名前: Tarakowski さん [2006/01/07] No.6570
前の勤務校にコロンビア出身の生徒がいました。現地では家族一人一人にボディーガードをつけていたそうです。でも今年のニューヨークも寒そうですよ。

粉雪
今朝の雪は大したことなくて良かったです。でもうっすらと銀世界でした。大事をとって9時出勤11時退勤。

プリマゴン35ミリ
M42のがヤフーに出ていますね。大丈夫です、ボディーないので。昨晩King-2に出た50年製のきれいなZK50ミリ、ちょっと危なかったです。

日中関係
外務省の中国プロパーの方から賀状が。「ご心痛察します」と返信。

撮り初め
本日初めてシャッター切りました。年越しフィルムを現像に。


お名前: ** さん [2006/01/07] No.6569
削除しました


コロンビア お名前: telefunken さん [2006/01/07] No.6568
一緒に行く予定の人が、コロンビアは危険だからやめとけ、と旅行代理店に言われたそうです。テロとか横行して、外務省から警告が出てるらしい。

そこで相手の会社の人もニューヨークに呼び出して、そこで会議することになりそう。これで助かった。だいいち夏服用意しなくいい。





訂正 お名前: telefunken さん [2006/01/07] No.6567
Allied Powersでした。


偏向教育 お名前: telefunken さん [2006/01/07] No.6566
開南丸さま
占領当時のSCAP(Supreme Commander of Allied Forces)やCIE(Civil Information and Education)の指令で教育制度の改革と教育内容の変更が行われ、ぼくらの目からみると偏向した教育が実施されました。

これはサンフランシスコ講和条約のあともそのまま続けられました。内容は要するに近代日本がワルモノだということです。

ですからぼくらの世代と、戦後の教育を受けて育った世代とでは、歴史認識に大きい隔たりがあります。

大東亜戦争は、日本が東亜での欧米の侵略を追い払って、自分がとって代わろうとした、ということですが、そういう動機は戦争の動機としては普通のことなので、とりたてて日本が悪い、という印象はぼくにはありません。世界の動きには、善も悪もない、という気がします。

中国については、ヨーロッパの友だちの中にも嫌っている人が多いようです。外交のヘタな国、というのがぼくの印象です。


駅弁... お名前: 開南丸 さん [2006/01/06] No.6565
先日(昨年末)、1600円の東京弁当なるものを勢いで買ってしまいました。
箱には高級感があり今半の佃煮とか入っていて美味しかったのですが、庶民の私には崎陽軒のシウマイ弁当(710円)が口に合います(しかし、端数の10円が不思議です。700円だったら良いのに...)。

telefunkenさま>
戦後の教育の偏向...悔しいのですが、私はその偏向した教育で育ちました。
「戦争を起こした方が悪い...」と教えられて来たのですが、当時の日本にも止むに止まれぬ事情があったのですね。潰すのが悪いのか...潰されるのが悪いのか...
私も今の中国の態度は本当にイヤになります。国連の常任理事国に居座っているくせに金は出さない、態度は大きい...未だに好きになれないのです。



悪寒?ゾクゾク お名前: Tarakowski さん [2006/01/06] No.6564
駅弁大学
いわゆる旧2期校の、県名がついた国立大のことだと思います。

No.6560訂正
「頑丈さからいえば50年から60年までのVarexでしょう。」でした。

空耳
イスラームのアザーンの「アッラー・アクバル」の次がどうしても「駅弁・駅弁」に聞こえます。どなたかアラビア語分かりますか?

カンパ下さい
いよいよ千葉でも今晩雪みたいです。明日も午前出勤なのですが、新車へこませたくないですね。路面凍結ガッシャーンなんて嫌です。

神代の牡丹
NHKで昨日も今日も紹介されていましたね。明日はアマチュアカメラマン三百人。ニコンおやじにコンタックスおばさんゾロゾロ。

水野弘元教授(仏教学)
ご逝去の記事が。お会いした事はありませんが、春秋社の本で勉強しました。
享年百と4。合掌


駅伝 お名前: Мася さん [2006/01/06] No.6563
大学編:
ちょこちょこと見ました。母校が優勝できるとは思っていませんでしたがせめて10位以内に入って欲しかったです。
しかし体育系の学校が優勝できないのはどうしてなのか...
駅弁大学って戦後の改変で大学になった国立大学を言うようだと母から教わりました。でも私立の駅弁大学という言い方も聞いたことがあります。どうなんだろう...

オタク編:
大学駅伝へのあてつけか、2日、3日にかけて電車男の総集編と共に放送されたドラマ出演者によるオタク駅伝が気になってました。
かつて息子の学校で生徒会長(中等部からの悪友)が先輩に"萌え"系のCDを取られ、校内を走り回りオタクは体力がないと証明されたから気になってました(役者だからホントは違うのでしょうが)。

そういう状態だったので、先輩から頂いた本も読めていません...

明日から三連休ですが、撮るものが...神代植物園でボタンが咲いているようですが天気がなぁ...
月曜は出かけようとすると駅前で成人式...酒飲んでバカ騒ぎする輩はいませんが、喫煙がなぁ...お姉ちゃんが晴着で咥え煙草で歩くは...一応駅周辺禁煙区域になったのですが...

あっ駅といえば、昨日川口駅で電車を待っていたら勢いよく大船行きが入線してきました。案の定オーバーランで車両2両分だから約40m戻ったということがありました。

また篭っちゃおうかな?モスクワの方は10日が仕事始めになります。それまでに何か日本らしい写真を送りたいと思うのですが、やっぱり天神さんにお参りかな?

では、よい週末を!


基威府 お名前: Tarakowski さん [2006/01/06] No.6562
キエフU(49)にオルソメター35ミリで撮った暮れの東小金井駅です(ネガ400無加工)。高架工事はどんどん進んでいます。どんな駅舎になるのでしょう。

駅伝大学
昔、駅弁大学(死語)というのがありましたけど、正月の箱根大学駅伝を眺めていて思い出しました。前任校で進路指導部長をしていた頃(毎日大学や専門学校の営業セールスが面会に来る)、駅伝で有名になった大学の広報室の人が来て、お世辞で駅伝頑張ってますねと言ったら、「いいや駅伝なんてラグビーやサッカーよりも強化費用がかからなくて三が日の2日間大学の名前をつけてTVに出てくれるから、安い広告宣伝ですよ」と。以来、何だかあの大学が走る中継は白けます。
画 像 : img20060106142349.jpg -(60 KB)


ん? お名前: Мася さん [2006/01/06] No.6561
Привет
本年はドイツカメラの話題からスタートしている?
エクサクタというかマウントつながりで...トプコンRを持っているのですが、エクサクタマウントと言われるようですが、シャッターの位置が左右逆だったようだと思いました。
標準のオートトプコールの絞りが壊れたままで修理していません。どうしようかなぁ...父が使っていたものです。

飛行機:
確かに零戦って艦載機だから航続距離が長かったようですが、後期の型になると短くなったようですね。
新しくできたスーパーで中身が分らない1/72皇軍機のシリーズがあったので父親にクリスマスプレゼント代わりにあげました。零戦52型が当たりました。
パッケージのイラストは小松崎茂先生で中に雷電のカードが入っていました。塗装済みで結構いいのですが機種が少ないのが残念。
あ〜年末、こういうシリーズで売られたスホーイ37が箱から出されて売られていたのですが、持ち合わせが無く翌日に買いに行ったらなくなってた...Bトレインの買いすぎが祟りました...900円さえあれば...

今年はデジカメでさえもまともに写真を撮っていない...カメラも触ったかなぁ...
Пока


初仕事 お名前: Tarakowski さん [2006/01/06] No.6560
今日から出勤です。といっても授業は来週の水曜からなので朝出勤簿にハンコをついて来週のプリントを準備して用務員さんや校長に挨拶して午前中で帰宅しました。元旦から高血圧でボ〜っとしていました。病院に行っても対処療法で降圧剤を舌下にたらされて(5分でぐっと下がる)ハイオダイジニ・サヨウナラです。今年もこんな感じでしょうね。

エクサクタ病
かぱまんさま、感染おめでとうございます。小生もtelefunkenさまの後押しで見事感染しました。最初に入手したVX500は今日もお守りのように持ち歩いています。頑丈さからいえば50〜60年代のVXでしょう。VXUbはマウントがきついのでプリセット式のアンジェニューが入りません。VarexU以前のモデルかVX1000/VX500でしたら問題ないでしょう。VX1000/500は同時期のキエフといういう感じです。ミラーがクイックリターンですので普通のカメラ感覚ですね。とにかくシャッター幕は要注意です!どの機種もへたっているのが多いです。


なやみ お名前: telefunken さん [2006/01/06] No.6559
かぱまんさま
楽しいなやみを悩んでください。
Carl Zeissの写真用レンズ部長のDr.KaemmererはExaktaの収集家でした。


あーびっくり。 お名前: かぱまん さん [2006/01/06] No.6558
「猥雑サイトの…」という表示が連続して出て、なかなか投稿させてもらえませんでした。文章をいろいろさわって、結局「であい」という言葉を、漢字から平仮名に替えたら、ようやくOKでした。
あ〜びっくりした。


ありがとうございます〜! お名前: かぱまん さん [2006/01/06] No.6557
telefunken様>
いろいろご教示ありがとうございます。
昨晩少し、ネットで検索かけてみましたが、う〜ん、けっこう奥の深そうなジャングル?(笑)
これを新年早々の災難ととるべきか祝福された「であい」ととるべきか…。
楽しい悩みですね。


お名前: ** さん [2006/01/06] No.6556
削除しました
(この、招かざる客は、IPアドレスを変えてくるので、対処が難しい)


Exaktaその2 お名前: telefunken さん [2006/01/05] No.6555
最初に出たのは4x5.6cm判で1933年です。35mm判のキネ・エクサクタが出たのは1936年、35mm一眼レフの創始者です(ただし胸高ファインダー)。戦前と戦後に6x6判も出しています。

メーカーはイハゲー(Ihagee Kamerwerk Steenbergen & Co)でドレスデンにありました。創設者はオランダ人のシュテーンベルヘンという人です。

戦後も東独領内ではありますが、オランダ資本ということで、かなり長く独立性を保っていました。しかし1970年に事実上VEB Pentaconに吸収されました。

戦前戦後を通じて、35mm判だけでも少なくとも15種類ほどのモデルがあります。


Exakta お名前: telefunken さん [2006/01/05] No.6554
かぱまんさま
新年おめでとうございます。新年早々エクサクタ感染おめでとうございます。
Exaktaでいちばん姿の美しいのはVarex VXあたりです。

1000分の1秒までと12秒までのスローと6秒までのセルフが凝ったメカニズムでついています。これは見てるだけで満足する変なカメラです。何よりも数千本(!)と言われるレンズ群がすごい。

どうかExakta星雲の果てまで極めてください。


謹賀新年! お名前: かぱまん さん [2006/01/05] No.6553
本年もどうかよろしくお願い致します。
僕も今日から仕事でした。ヒマで良かった〜。
確かにおとといあたりから気が重くなってきましたよね(笑)。でも働かなくっちゃ喰ってけないし、まぁ、がんばりまっしょい。

ところで実はさっき、生れて初めてエクサクタなるカメラを触らせてもらいました。VX500というモデルです。
今まで「食わず嫌い」で、なんかヘンなカッコしたややこしそうなカメラやなぁって敬遠してたんです。でもでも、一発で感染してしまった…かも知れません(爆)。いいカメラですねぇ。参りました(笑)。でもこのメーカーの知識がまるっきりないので、今からお勉強です。
エクサクタ初心者には、このVX500が適していると思われますか?? レンズはイエナT(テッサー)2.8/50が付いてましたが。どうかお導き下さい。

最近体調が優れず、写真も撮れてません。が、このカメラなら中判カメラのような雰囲気と緊張感を伴って、35mmでも一枚一枚大事に撮れそうな気がしました。
スランプ脱出をカメラに頼る、というわけですね(笑)。


ヤですねぇ... お名前: Мася さん [2006/01/05] No.6552
Привет
今日から働いてます。年々この年末年始の休みが早く終わるように感じ、終わりに近づくにつれて気が重くなっていきます。
結局1日から4日まで外出したのは3日の数時間のみ...
しかも、♪チャンチャカチャンチャンチャチャンカチャンチャン、池袋の東武百貨店でBトレインの客車が欲しかったので6箱買ったらぁ、西武で丁度欲しい4両が箱から出されてセットで売ってましたぁ〜、チックショー!(小梅太夫風に)

ザク:
06とつくものを捜していたら、丁度目に付いたのがザクでした。実はみらんぢさんのоткрыть(開ける)/закрыть(閉める)を見た時はヤラレタぁ!ウマイ!と思いました。
MS-0.6 サクという非公式なタイプもあるのですがガンプラにない...
写真は地球連邦が鹵獲したジオンのザク(MS-IGLOOというマニアックな映画での話)を彼女から貰ったモスクワの写真集にあった百貨店グムを背景に撮ってみました。
ザク、赤の広場に立つ!なんちゃって...

ニューヨーク:
初めてボストンに行った帰り、ニューヨークのJFK空港経由で帰ってきました。ここの空港分りにくいので絶対往復シカゴ経由にしていました。
今ではよくなったのかもしれませんが、それでもヤです。といっても当分ボストンに行く用事はありませんが。

Пока


働いてます お名前: telefunken さん [2006/01/05] No.6551
朝から、いや、朝はジムに行って午後から。自由業もけっこう辛いです。

開戦のタイミング
ABCD包囲陣。アメリカ、イギリス〔Britain〕中国〔China〕オランダ(Dutch)が共同して、日本を経済封鎖で締め付けていたので、あれが限界でしょう。

戦後の教育が偏向しているので、開戦そのものが悪いという認識があるのは当然です。教育さえ変えれば、国民の意識を操縦することは簡単だ、ということを戦後知りました。

戦争の原因は、帝国主義的拡張競走に遅れて登場した日本が、急速な拡大政策を取って東亜を侵略してゆくのを、快く思わなかった当時の既存勢力が、日本を潰しにかかった、ということです。潰されるのを待つか、開戦するか、という選択だったと思います。

そういう意味ではいまの中国政府の覇権主義もアブナイ。13億人もいる国が成長して世界一の経済・軍事規模になるのを、アメリカやEUやロシヤが放置しておくとは考えられない。


今日から仕事始め お名前: 管理人(金井) さん [2006/01/05] No.6550
今日から仕事始め。でも、明日は、再び休暇をとる予定です。休んでばかり。

年末年始は、ほとんど家にいて、ボーっとしたり、北方領土関連の本を読んだり。写真は一枚も撮りませんでした。 

開戦のタイミング・敗戦のタイミング:
 中学生のとき、社会科の宿題にこんなのがありました。「日本が戦争に負けた理由を考えなさい」。社会嫌い少年だったので、全く興味の無い面白くない宿題でした。宿題自体は、いいかげんに書いて、提出したのだけれど。あのとき、答えられなかった宿題が、いまだに気になっています。しかし、問題が良くなかったのではないだろうか。本当は、「日本が開戦に至った理由を考えなさい」とするべきでは、なかったのだろうか、そのように思うようになりました。
 領土問題を考えていると、もう1つ、別な単語が思い浮かびます。『生命線』です。開戦を考えるときに、生命線の言葉が気になります。
 「ソ連が戦争に勝った理由を考えなさい」これもまた、大きな宿題のような気がしています。


開戦のタイミング お名前: 開南丸 さん [2006/01/05] No.6549
今日から仕事でした。休み過ぎるとかえって疲れます(泣)。

telefunkenさま>
開戦のタイミングは、当時の日本に於いてギリギリのものだったのでしょうか(私は戦後生まれですが、客観的に見るとどうしても日本がやらなくても良い戦いを起こした様にしか見えないのです)?

せめて日本にまともな電探や逆探等の最新鋭兵器があれば...もう少し上手な戦いが出来たと思います。
反対にドイツに航続力の長い零戦があれば(防御力は全くありませんが)...バトル・オブ・ブリテンの様な敗北は無かったのでは無いでしょうか(本当に仮想戦記みたいでゴメンナサイ)?
戦争に勝つ為には、安定した生産力と技術力が大切だと思った次第です。

私は今月末に研修でグアムへ行かされる事になりました(しかも有給を使わされて)。本当はドイツへ行く為に温存したかったのに...とても悔しいです。




Habanela お名前: telefunken さん [2006/01/04] No.6548
大坂さま
たしかに、あの映画に似てますね。でもコロンビアには、切花の市場視察の通訳に行くのです。
ニューヨークまで12時間半、そこで一泊してさらに5時間半の長旅だそうで、聞くだけでイヤになります。


南の国 re:ゲルツ・ボイコフ お名前: 大坂 さん [2006/01/04] No.6547
telefunkenさん、ご機嫌よう

ゴミな反応で/._.;

>南米コロンビアに行く

あ、これは『南の誘惑』を連想してしまいました^_^;;


お名前: みらんぢ さん [2006/01/04] No.6546
今年は初詣を靖国神社ではなくて、早稲田の穴八幡にしました。
金銀融通のお守りで、「ここがほんもの!」というイチヨウライフクのお札をもらってきましたから、今年は何か大穴を期待したいところです。しかし、あっという間に、もうすぐ松が取れますね、わたしも原稿完成させないと。
Masyaさん
なるほど!ザクは年末用にも撮っておいてください。


ゲルツ・ボイコフ お名前: telefunken さん [2006/01/04] No.6545
開南丸さま
お気にいれば幸甚です。残念ながらあれだけの記述ですが、関係者はみな死んでいますから、アレ以上のことはおそらく判らないと思います。ただドイツなどの研究者でわかっている人がいるかもしれません。ついでのおりでよければ聞いてみます。
開戦のタイミングはあれでギリギリだった、というのがぼくの印象ですが、シンガポール陥落の時点での和平の申し出を受けなかったことが悔やまれます。
ゲルツ・ボイコフの照準器について、もう少し調べてみようという気がしています。

Masyaさま
面白い画像ですね。明日からお仕事のようですが、ぼくは2日から原稿書きです。南米コロンビアに行く日程が2月18日と確定して、なんだか気が重いです。


С Новым Годом ! お名前: Мася さん [2006/01/04] No.6544
新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

明日から仕事が始まります。そのせいか気が重い...
天気もよくないので尚更です。そういう天気なので休みは殆ど外出することなく引き篭もっていました。
昨日は、息子に付き合って新宿〜池袋へと。デパートに寄ってみたらスゴイ人出でした。

写真は息子から借りたMS-06 ZAKUですが...закрыть(zakuryt')じゃ閉めるという意味...

Пока
画 像 : img20060104134638.jpg -(30 KB)


盛岡はとても寒かった... お名前: 開南丸 さん [2006/01/03] No.6543
あけましておめでとうございます。

やっと東京に戻って参りました...今年の盛岡の積雪量にとても驚きました。
先月購入した Contaflex S Automatic の試写は殆ど出来ずじまい...(ビールを呑んで寝ていたせいもあるのですが...)それでもかなり休む事が出来ました。

telefunkenさま>
自動爆撃照準器の詳細をありがとうございました。これは急降下爆撃用だったのですね。照準器と云えば、零戦の光像式と九九式艦爆の望遠式が印象に残っています。最新鋭の兵器をせっかくドイツから持ってきたのにコピーすらまともに出来なかった当時の日本の技術力がとても悲しいです。
せめてそう云った最新鋭兵器を導入してから開戦に踏み切っていれば良かったと思うのは私だけでしょうか?
ご教示ありがとうございました。

そんな訳ですが、本年もよろしくお願い致します。







お名前: ** さん [2006/01/03] No.6542
削除しました


高級カメラ お名前: telefunken さん [2006/01/02] No.6541
ゾナー
1936年ごろの中古カメラの広告を見ていると、ライカDIIIF2ズマール付きが600円に対して、コンタックスF1.5が800円とあります。

クッツなどを含めたドイツの研究家の話では、コンタックスやその交換レンズは、しばしばライカ以上の高価なものでしたから、発売当時のドイツでは、特殊な階級のものと考えられていたそうです。

現代での1億6千万円の自動車(ブガッティ・ヴェイロン)や8千万円の時計(フランク・ミュラー)ほどには行かないにしても、かなりのハイソ・アイテムだったんでしょうね。

俳優の山之内光さんが二度目にベルリンに行かれて、『今度こそ」ライカを買い、帰途モスクワに立ち寄ったら、エイゼンシュテインもプドフキンもライカを使っていた。とありますが、ソヴィエトでもライカを輸入していて、トップアーチストはそれを買うぐらい収入があったんですね。

レーニンのネップ(市場経済を認めた新経済計画)がいつごろまで続いたのかは知りませんが、レーニンがグリフィスの「イントレランス」を見て感動して、グリフィスをハリウッドからソビエトに呼ぼうとしたらしいですから、芸術などに関してはかなりリベラルな空気があったんでしょうね。


照準器 お名前: telefunken さん [2006/01/02] No.6540
開南丸さま
『なお昭和18年9月ごろドイツの潜水艦で運ばれた、当時同国最新兵器B・Z・A1なる名称の急降下爆撃照準器が(海軍)光学部に到着した。調査の結果、これは上記三式射爆と同様に、光像式照準器と転輪水平儀・光度計・速度計とが連動するもののようであったが、その配線図がなかったため電気系統の不明なることおよび付属の転輪・高度計等がなかったため、機構の原理は把握できなかった。判ったことは(1)計算にはカム等の機構を使用せず、すべて電気的計算法であったこと(2)照準器の修正は三式の如く反射鏡を動かすものでなく、光学目盛のスリットを焦点面内で褶動させるもので、このコリメーターレンズは写真レンズのゾナーの明るさF/2を使用していたこと(3)製作はツァイス・イコンで行われていたこと等であった。(兵器を中心とした日本の光学工業史・昭和30年、光学工業史編纂会・非売品)

おおよそ以上のような記述だけです。B.ZはBombenzielでしょう。

1925,6年、昭和の初めごろから、爆撃照準器はゲルツ・ボイコフ製のものやフランスのOPLのものを輸入していましたから、1925年にイカとコンテッサネッテルの利益共同体にゲルツ社を吸収し、1926年にエルネマンを加盟させてスタートしたZeiss Ikonが、いろいろの爆撃照準器の製造を続けていたことは容易に想像できます。ただゲルツ・ボイコフは旧オーストロ・ハンガリーのゲルツ社の系統ですから、ツァイス・イコンへの参加は遅れたかも知れません。ただこの昭和18年つまり1943年の時点では、吸収をされたあとでしょう。



お名前: Kero2 さん [2006/01/01] No.6539
新年早々、ありがとうございます。

ニコンのHPに85、1.5/85にこの三枚張り合わせの記述があって、球面収差の打ち消しが主目的かと。

この1.5/85は確かに、ゾナー、ユピテルよりもハイスピードですが、これは50oゾナーの光学相似形でしょうか?いずれにせよオリジナルとはいいがたいと思います。

KMZのHPには戦後賠償としてゾナーの設計が移転されたことが記述されています。

金井さま:HP本体の記述が読めないのですが、わたくしのPCだけの問題でしょうか?


謹賀新年 お名前: 管理人(金井) さん [2006/01/01] No.6538
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

 今朝は、雑煮。小松菜の澄し汁に、焼いた角餅です。少年の頃の雑煮は、芋や野菜がごちゃごちゃ入った醤油汁に餅を入れて煮たものでした。どろどろして、醤油っぽくて、嫌いだった。
 お昼は、汁粉。粒餡の汁に、焼いた角餅です。餡を白餡や鶯餡にしたら、旨いかなー。

新年早々話題はゾナー:
 ゾナーは、戦前のCONTAX2,3用のもの、戦後のCONTAX2A,3A用のもの、CONTAREX用のもの、とありますよね。CONTAX-Sもあったかな?
 Kero2さん、お書きのように 、戦前タイプが6枚で、戦後タイプが7枚。このため、CONTAX2A,3A用のゾナーを入手すると、Jupiter-9と同じレンズ構成のゾナーになっていると思うのですが、どうでしょう。
 ところで、クッツ本によると、CONTAX2,3用のゾナーは330RMだそうです。勤労者の平均月収は140RMとも。ものすごく高いような。

 Jupiter-9の距離目盛は、M39,M42ともに25mまでです。Lマウントのものと同じです。Kievマウントのみ100mまで。なぜでしょう。


謹賀新年 お名前: Tarakowski さん [2006/01/01] No.6537
皆様明けましておめでとうございます。今年も勉強させて下さい。

偽ゾナー
Kero2さま、ややこしくなってすみませんでした。イタリアの御仁から買ったこのエクサクタマウント改造用ユピテル-9は正真正銘のユピテルです。彼が"Non-Sonnar"と書いてきたので、チョートク氏風に偽ゾナーとしたのですが、正確には非ゾナーですね。1954年製のこのレンズはキエフ用だったものを素人が工作したものです。本家ゾナー2/85は触れたこともないので何とも言えませんが、このレンズは大変気に入っています。戦前のゾナーのコピーとばかり思っていました。
画 像 : img20060101122657.jpg -(112 KB)


お名前: ** さん [2006/01/01] No.6536
削除しました


ジュピターとゾナー お名前: Kero2 さん [2006/01/01] No.6535
金井さま、はじめみなさま

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

ところで、Tarakowski 先生の「偽」ゾナーとは、ゾナー銘だが、ソ連ないしロシア製のジュピター9を改造したものということでしょうか?もしそうなら、どこで偽かどうかを見分けるのか、ご教示下さい。

ところが、ジュピター9が後群が3枚張り合わせであるのに対して、ゾナーは当初のタイプは後群2枚で、大戦中に3枚張り合わせに変更された、とあるのは、ガラス材の変更によるものなのか、さらなる光学特性の向上のためだったのでしょうか?もしそうなら、どこが向上しているのでしょう?

もし後者であって、かつ、3枚張り合わせゾナーとジュピター9が光学的に同一の設計であれば、一般的に入手可能な旧ゾナーよりも、ジュピター9の方が優秀だと言うことになりますが、本当でしょうか?ちなみにわたくしのジュピター9(2本)は新品(だと思われる)でしたが、とんでもないハズレだった、ということはすでに書いたような気がします。


あと1時間とちょっと... お名前: Мася さん [2005/12/31] No.6534
Привет
年末でしたが、年々年末らしくならないせいか大掃除も何もしませんでした。
っで写真を撮りに行ったわけではありませんが、息子のガンプラ作りと一緒に鉄道模型(Bトレイン・ショーティ)の色塗りで少しラリっちゃいました。

紅白歌合戦とお笑い番組...PCでテレビにしてチェック。
紅白でグループ魂が出ている時にまちゃまちゃ...魂を聴いていたのでまちゃまちゃのステージは音無し...
しかし、芸人が渋谷とお台場を行き来している様子が伺えて面白いです。

皆様、本年は色々とお世話になりました。新年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

Я желаю вам счастье и здоровье с Новым Годом !


2006年まであとわずか... お名前: 開南丸 さん [2005/12/31] No.6533
今日は、実家(盛岡)に帰省しており、そこからメールしています。

telefunkenさま>
Zeiss ikonの自動爆撃照準器(Sonnarが付いていたそうなのですが、どのような仕組みだったのでしょうか?)のご教示をありがとうございました。元々ドイツの光学器械が好きなので、ちょっと興味を持ちました。
日独で交換した兵器をもっと生かす事が出来ればお互いにあんなみじめな敗戦を迎える事は無かったと思うと、ちょっと残念です...
ドイツでの酸素魚雷や三式弾の生産をつい想像してしまいました(仮想戦記みたいですね)。

先月は、Contaflex S Automaticを購入しました。ボディはコンパクトで、Tessar 50mm f2.8の写りも思った以上に素晴らしく、嬉しかったです。
実は以前、Contarex SEを使っていた事もあるのですが、あの大きさと重さにギブアップしてしまったヘタレです。

仕事が無いので長々と書き込んでしまいました。そんな訳ですが、皆さま良いお年をお迎え下さい。


フライング お名前: みらんぢ さん [2005/12/31] No.6532
みなさまよいおとしを。
画 像 : みなさまよいおとしを -(38 KB)


あすはお正月 お名前: telefunken さん [2005/12/31] No.6531
野尻抱影
なつかしいですね。たしか作家の大仏次郎さんのご兄弟だったような。

今年もいつもと同じ年の暮れ。来年は海外旅行が、確定してるのだけで5本はいっているので、いまから憂鬱です。

ではみなさま、よいお年を!


Oh! おおつごもり!! お名前: Tarakowski さん [2005/12/31] No.6530
おっぺけぺ〜
松井須磨子のことはあまり知りませんでした。マダム貞奴はポーランドで公演をしていたのでちょっと調べたことがあります。

三鷹の天文台
小学生の頃、五島プラネタリウム少年だった小生の就職希望先でした。理由は自転車で通勤できそうだったから。

オルソメター4.5/35
大当たりレンズでした。5.6以上に絞るとズミクロン2/35と遜色ない性能。キエフにもぴったり。

今年のベスト・バイ・レンズ
1)オプトン・ゾナー1.5/50mm 2)アンジェニュー3.5/28mm
3)オルソメター4.5/35mm 4)ユピテル-9 2/85mm
5)パンカラー2/50mm
という訳で、ライカ病完治。そしてエクサクタ病感染の年になりました。

汁ベスター
3月末にお邪魔してから8ケ月余ですがこの2005年お世話になりました。小生戌年生まれ(戊戌)。2006年は年男でございます。黒犬ともどもよろしくお願い申し上げます。
Tarakowski 拝


年の瀬 お名前: かぱまん さん [2005/12/31] No.6529
もう大晦日ですねぇ。忙しくってまだバタバタしています(なのにこんなことしてるからちょっとヒンシュク)。

今年はあんまり写真を撮らなかったです。反省。
来年はもうちょっとはまともに写真と向き合う所存です(う〜ん、ムリ??)。

皆様よいお年をお迎え下さい。
ありがとうございました。


大掃除 お名前: 管理人(金井) さん [2005/12/31] No.6528
 やっと、カメラ棚の掃除が終わりました。カメラをボックスから出して、乾燥剤を入れ替えて、ボックス内外のほこりを払って。カメラのチェックは手が回らなくて。乾燥剤の入れ替えは、夏の前が良いのですが、今年は何もしなかったので、乾燥剤の効果が、なくなっていました。疲れた。部屋の掃除もしたぞ。

 写真は、部屋にカメラを並べたところ。保管のときは、革ケースから出したほうが良いのは分かっているのだけれど、場所がないので、革ケースに入れっぱなしです。

 それでは、良いお年を。
画 像 : img20051231141611.jpg -(102 KB)


re:ギョギョ御風 お名前: 大坂 さん [2005/12/31] No.6527
御風な皆様、ご機嫌よう

相馬御風さん、こんなお姿だったのですかー。

この人の大学同窓に野尻抱影さんていう天文分野の啓蒙(ラジオ、雑誌など)をされてた人がおりました。

ひととなり
http://fkoktts.hp.infoseek.co.jp/NOJIRI.1.html

明治後期、御風さん郷里の海辺の小屋掛け芝居を共に見た短文がちょっと素敵です。講談社学術文庫『星の民俗学』に納められてますので、ご一読を。



今年もあと1日 お名前: 管理人(金井) さん [2005/12/31] No.6526
良い年だったのか、悪い年だったのか、判断に迷います。
 嫌なことは、少女の殺人被害。列車事故。自然災害。
 良かったことは、うーーん、何だろう。

ウソつきは誰だ:
 産経新聞(Sankei Web)によると
 『北朝鮮による蓮池薫(はすいけ・かおる)さん(48)夫妻と地村保志(ちむら・やすし)さん(50)夫妻拉致事件で、警察当局は30日までに拉致実行犯として北朝鮮工作員2人を特定、国外移送目的略取容疑で捜査を始めた。蓮池さんと地村さんが新潟、福井両県警の事情聴取に証言した。』
 この記事によれば、警察は30日までに特定したのだから、蓮池・地村氏は、最近、警察の事情聴取で証言したということなのでしょうか。子供たちも日本にきて、だいぶ経っているにもかかわらず、最近まで、日本の警察当局に情報を提供していなかったのだとしたならば、これは、いったいどういうことでしょう。一般の、略取・誘拐事件で、被害者が解放された後、加害者の情報を警察に何年も教えず、捜査を妨害することがあるのでしょうか。ちょっと理解しがたい報道です。

DVD:
 『ヨーロッパの解放』やっと、見終わりました。『第2次大戦の被害者:ソ連、2000万人』。確かに、2000万人は、ものすごく多い人数だけれど、15年戦争の間に日本軍が殺した中国人の数も、負けず劣らずだったのではないか、そんなふうにおもいました。
 中国や韓国での反日運動は、今は下火になっているようです。

1年間、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。


ぎょ お名前: telefunken さん [2005/12/30] No.6525
あっ、「生ける屍」でしたか。トルストイですね。ご教示ありがとうございました。

中山晋平は名曲揃いで、「カチューシャ」「さすらいの歌」などは松井須磨子が歌って一世を風靡したそうです。舞台を見れなかったのは残念。ちょっと遅く生まれました。

おなじ晋平の『紅屋の娘』べにやのむすめ、も名曲です。機会があればお聞きください。

松井須磨子の芸名は、あてずっぽですが、在原行平中納言が須磨で仲良くなった松風、村雨、の姉妹の松風から取ったと思っています。この姉妹が日本舞踊などのネタの潮汲みの原型でしょう。

ただ潮汲みなんかやってる賎の女にそんなみやびた名前があるはずもないでしょうから、行平が付けたのでしょう。

あそこに寺があって、松が有名だったみたいな。

松にすめ月も三五夜中納言

「須磨」からモウチョッと行くと、「高砂」(たかさご)があって、ここは音に聞こえた松の名所。

たれをかも知る人にせむ高砂の松もむかしの友ならなくに


ギョギョ御風 お名前: Tarakowski さん [2005/12/30] No.6524
こんな切手も出ていたそうです。

イサク
屋根の上で弾いていたのはパールマンでなくスターンでした。
画 像 : img20051230210907.jpg -(9 KB)


西はザリャー東もザリャー お名前: Tarakowski さん [2005/12/30] No.6523
「復活」でなくて「生ける屍」だったそうです。初めてこの唄を聴きました。


御風・勾玉・都の西北 お名前: Tarakowski さん [2005/12/30] No.6522
攻玉
今年の夏休み、ガッコウのオリエンテーションで中学生に勾玉を製作させる講座を担当するのでちょっとだけ「翡翠博士」になった時、糸魚川で翡翠が出てくること、御風が糸魚川出身だったこと等を知りました。結局勾玉は軟玉であっという間に削らせましたが、ミャンマー製の翡翠の小さな仏像とインド製翡翠の勾玉が我が家に残りました。

築地小劇場
御風の「カチューシャかわいや」は知っていますが、この歌は....。早大の演博(演劇博物館)に行けばすぐ分かると思いますが。


訂正 お名前: telefunken さん [2005/12/30] No.6521
あっ北原白秋ではなく相馬御風でした。


復活 お名前: telefunken さん [2005/12/30] No.6520
ゆこかもどろか オーロラの下を
ロシヤはきたぐに はてしない
西は夕焼け 東は夜明け
鐘が鳴ります 中空に

この歌を さいきんまで、島村抱月演出 松井須磨子主演 トルストイ原作の『復活』の挿入歌だと思っていました。

でも『カチューシャ」が挿入歌だというのは資料に出ていますが、こっちはどうか、ちょっと資料に見当たりません。

作曲は中山晋平 作詞北原白秋という『カチューシャ』と同じゴールデンコンビらしいですが、そして『復活』の挿入歌というのは、いかにも、という感じなのですが、さすがのぼくも、その舞台は見ていないのでーーー




シベリヤ お名前: telefunken さん [2005/12/30] No.6519
ぼくの聞いた説は、シベリア鉄道の列車を横から見たときのイメージというものです。つまり黒いヨーカンが窓ということでしょう。
むかしはミルクホールの定番でした。ミルクコーヒとか頼んで、ガラスケースにはいっているのを、自分で出して食べるのでした。昭和30年代ごろまで、そういうミルクホールがありました。

100mって、ホントに無限大と区別して合わせられるの、みたいな目盛りですね。でも何か伝統とか根拠とかあるんでしょうね。


しべりや お名前: Tarakowski さん [2005/12/30] No.6518
よくぞ聞いて下さいました。シベリヤは明治末期頃からある伝統的和菓子です。シベリア出兵説もありますがもっと以前からあったようで、寒くて熱量が必要だという説や、羊羹はアムール川(黒竜江)でカステラはツンドラだとか後のこじつけだと思われる説ばかりです。ピザまんやカレーうどん、焼きソバパンなどと同様、日本人の欲張りな性格が出たものだと小生は思っています。しかしカロリー高くて小生には無理です。この伝統あるお菓子を皆様どうぞ召し上がって下さいませ。

やっと母親が本日退院(というよりはリハビリ病院追放)しました。二百人待ちの施設ですから。実家の大掃除やら介護認定やら父の面倒やら、東京は遠いです。シベリアとポーランドはもっと遠いけど。

百米
この偽ゾナー、素人工作なのですが、2メートルに絞りの指標が真上になるようになっていてポートレイト用としては完璧です。元のレンズは何だったんでしょう。今度どなたか鑑定して下さい。


シベリア お名前: 管理人(金井) さん [2005/12/30] No.6517
シベリア:
 今朝は、朝食の代わりに、シベリア。甘党なんです。
 シベリアとはカステラの間に羊羹が挟まっている甘い菓子です。なぜ、シベリアと言うのでしょう。

100m:
 気にしたことなかったけれど、KievマウントのJupiter-9の距離目盛には100mがありますね。手元にある、FED-ZorkiマウントのJupiter-9の距離目盛は25mまでです。Zenitマウントのものも25mです。


目盛り お名前: telefunken さん [2005/12/30] No.6516
へえ100メーターまであったのですか。知りませんでした。

吉祥寺
まで来られたのなら、電話もらえばよかったです。お会いできたのに。




ゾナー2/85目盛 お名前: Tarakowski さん [2005/12/30] No.6515
戦後のは30メートルまででした。


ゾナー2/85 お名前: Tarakowski さん [2005/12/30] No.6514
偽ゾナーの鏡胴には100メートルまで目盛がふってあるのに本家は50までなんですね。きれいなのは600ドルもします。偽ゾナーは1万円したかしなかったか。31日ジャンボ宝くじ当たったら買おう。

空中散歩
シルクロード美しいですねえ。自分じゃ絶対飛べないけど、夢に見そう。

カリンニコフ
チャイコフスキーの亜流と言われていますが、いいえいいえ。昨日久し振りに書庫の奥からCDが出てきて車内で聴きましたが、ラフマニノフの交響曲より密度が高い。

アナテフカ
家内が年末年始のTV番組が面白くないと大不平なので、今日吉祥寺で「屋根の上のヴァイオリン弾き」DVD買ってきました。パールマンがポルタメントかけて弾いているやつです。

アクアライン
今朝も速度規制40キロだったのに、みんな100キロ近く出してフラフラ走っていました。橋の下は三角波出ていて怖い。


ツァイス チェコ お名前: telefunken さん [2005/12/29] No.6513
Thiele本、読む記事は少ないですが、資料価値は大きいですね。

チェコといえば、ぼくらの年代ではマキシム機関銃を思い出します。あーゆー機械モノがむかしから得意なのでしょうか。プロペラの間を機関銃のタマがすり抜けるのも、マキシムの特許だとか。

その頃の空中戦は、ニュポール、サルムソン、イスパノ・スイザ、ロールズ・ロイスの時代ですね。ダイムラー・ベンツの倒立W型16気筒とかもありましたっけ。


ミニどら お名前: telefunken さん [2005/12/29] No.6512
Opema
面白いサイトご教示ありがとうございました。
棒状プリズム、コンタックス並みですね。

三笠山
昨日ミニどらやきというのを買ってきました。前に別の店でも買ったので、いまの和菓子業界ではやっているのかも。


オペマU お名前: Tarakowski さん [2005/12/29] No.6511
使い勝手が良いかといえば、何十台触ってきましたがなかなか良い機体がありません。ほとんど整備されずに長い期間ほったらかしにされてきたので、メカに問題のあるものだらけでした。ところでウィーンのペーターのところには極上のがありました。結構生産台数が多いカメラなので未開封新品なんてどこかから出てくる可能性あります。

猿真似カメラ
チェコ製カメラは戦前(資本主義時代)もBoxカメラやスプリングカメラを生産していましたし、名前を忘れましたが、戦後すぐにフォクトレンダーのコピー機を作っていました。

Made in Japonsko
私見ですが、東欧諸国の中でチェコ人が一番「カメラ好き」な国民だと思います。プラハ響(FOK)と仕事した時、オケの連中が大挙してヨドバシに突進して行ったのが忘れられません。ヴァーツラフ広場でデモやってた98年の秋です。


ツァイスの初号写真用レンズ re:Thiele お名前: 大坂 さん [2005/12/29] No.6510
telefunkenさん、皆さんご機嫌よう

米国の本屋さんより届きました。

Carl Zeissの写真用レンズの栄えある製造番号1番は

Triplet,Serie VI 1:6,3 f=190mm 1890年3月12日

でした。

Vol.IIIにはホロゴン110ミリが2本とかその他すごい情報がゴロゴロしてます。


お名前: 管理人(金井) さん [2005/12/29] No.6509
今日は、おやつに、三笠山を食べました。普通のドラ焼きです。
 三笠宮崇仁著「帝王の墓と民衆」の終わりにある「わが思い出の記」から南京大虐殺を考えながら、三笠山を食べました。

 『罪もない中国の人民にたいして犯したいまわしい暴虐の数かずは、いまさらここにとりあげるまでもない。かかる事変当初の一部の将兵の残虐行為は、中国人の対日敵愾心をいやがうえにもあおりたて、およそ聖戦とはおもいもつかない結果を招いてしまった。』

 どうも、この文章、嫌いです。『事変当初の一部の将兵の残虐行為』との認識は正しいのだろうか。残虐行為は一部将兵の問題ではなく、南京占領の戦略自体に付随していたことではなかったのだろうか。南京大虐殺は、日本軍が組織的に行った犯罪なのではないか、そんな疑問が起こります。洞富雄著「南京大虐殺 決定版」を、もう一度読み直してみようとおもったけれど、なくなってしまった。
 
Opema:
 いろいろとご教示ありがとうございます。
 オペマは距離計がないものとばかり思っていました。あらためて、探してみると、たかさきドクターのページにリペアーのレポートがありました。
http://kochi-med.net/moto/camera/camera_repair/opema2/index.htm
距離計は、バルナックライカのコピーではない、棒状のプリズムを使った豪華仕様、だそうです。デザインもシンプルで、きちんと整備されていれば、RFとしては、なかなか使い勝手の良いカメラに思えてきました。

Optiflex、Autoflex:
 シャッターを買ってきて、それで、二眼レフを作ったわけですね。そういえば、ソ連のカメラでも、FOTOKORの初期バージョンはコンパーシャッターが使われていたと、Princelle本にありました。


オペマ お名前: Tarakowski さん [2005/12/29] No.6508
U型を使っていましたが、FEDクラスの水準です。チェコやポーランドで二眼レフがしぶとく生き残っていたのは(国産一眼レフは勿論なく)レンジファインダー式は高価で、大衆機が目測式だったためだと思っています。ピンボケ写真はだれでも嫌ですよね。

金井さま、小生の連絡先の件でお手を煩わせました。どうも有難うございました。

箱根駅伝
東京駅八重洲口で大きな展示があって賑っています。母校も出ているのですが、卒業して四半世紀経つと校歌の2番の歌詞も忘れかけてきました。


カレンダー お名前: telefunken さん [2005/12/29] No.6507
みらんぢさま
カレンダーの現物は見たことありませんが、友だちから話を聞いたような記憶があります。
よほどマニアックな方が作られたのでしょうね。


オペマとメオプタ お名前: telefunken さん [2005/12/29] No.6506

OpemaにはI型とII型があって、両方とも24x32の画面サイズ、布幕フォーカルプレーン1/25-1/500で,緩速なしのようです。II型は距離計連動。レンズは2.8/45か3.5/45 6.8/30, 4.5/90,4.5/135、6/180というラインアップのようです。「標準を超えた高品質」と著者は書いているので、高級カメラと考えてもいいのではないでしょうか。

OptikotechnaとSrbとStysとSometという会社を主体にして、1946年に国有企業として成立したのがMeoptaです。4社は潜望鏡、双眼鏡、顕微鏡などを製造していました。チェコではPressburgが光学工業の中心で、オーストリア・ハンガリーゲルツの支社が1908年から測距儀、砲隊鏡などを作っていたそうです。


シャッター お名前: telefunken さん [2005/12/29] No.6505
金井さま

なんだかチェコは二眼が多いですね。誰かに作りやすいという話を聞いたことがありますが、真偽のほどはわかりません

コンパー(Compur)とプロンター(Prontor)
メーカーがシャッターに付けている商標です。専門家に言わせるといろいろ構造に細かい違いがあるそうですが、ぼくは知りません。金属の羽を何枚か使って開閉させるという基本構造は同じです。

何も書いてなければ、見分けはムツカシイかも知れませんが、大きくCompurとかProntorとか書いてあるのが普通です。

CompurはFriedrich Deckdel社の商標で、DeckelはCarl Zeissに1889年まで勤めていた機械工です。1903年にDeckelは脱サラしてある種のシャッターを発明したBrunsという人と一緒にBruns & Deckel社を作ります。

1905年には速度調節に空気シリンダーをブレーキに使ったコンパウンドシャッターを発明したDeckelは、Friedrich Deckel社を興します。Deckel社にはZeiss、Bausch & Lomb, Alfred Gauthier, Wilhelm Kengottなどの資本参加しました。

いまのようなCompurシャッターの母型ができたのは、1912年のいわゆるダイヤルコンパー(12時の位置にダイヤルが付いたタイプ)が最初で、1−1/250,T,B,,というスピードです。

Prontorは1902年に設立されたAlfred Gauthier社が1904年にKlioというシャッターを出したのが最初です。この会社にも1910年にZeissが資本参加しています。Prontoという名前は1929年ごろから使われていましたが、コレにrをつけたProntorは1938年からで、これはドイツ最初のシンクロ接点つきのものでした。1931年には過半数の株を取得したZeissの子会社になっています。


カレンダー お名前: みらんぢ さん [2005/12/29] No.6504
3年程前、新宿の中古カメラ屋さんの壁のポスターカレンダーが、よく見るとチェコカメラで
ミクロマやオペマやフレクサレットが月替わりで現れると言うものでした。
ウルトラマイナーなカレンダーですね〜、売っていたのかどうか聞こう聞こうと思いつつ、そのうち年が変わってはずされてしまいました。今でも気になっているのですが、どなたか覚えてらっしゃいませんか?


お名前: ** さん [2005/12/29] No.6503
削除しました


お名前: 管理人(金井) さん [2005/12/29] No.6502
チェコ:
 telefunkenさま、ありがとうございます。チェコは二眼レフが多いんですね。ロシアには二眼レフが少ないのに。なぜでしょう。
 二眼レフは、二流カメラなので、一流国家であるソ連にはふさわしくないと考えた。特に、戦争で犠牲の大きかったウクライナには、最高級カメラであるコンタックスを与えた。それなのに、最近はロシア離れが著しいので、新年からは天然ガスを大幅値上げする。と、まあ、こじ付けで、こんなところでしょうか。

プロンター、コンパー:
 これは、シャッターメカニズム タイプの話ですか。それとも、特定の会社製品のことですか。レンズシャッターはごちゃごちゃしていて、良く分からないのですが、どうやって見分ければよいのでしょう。

オペマ:
 OPEMAもチェコカメラですか。ポーランドカメラかと思っていました。オペマは大衆カメラなのでしょうか。距離計なしのライカタイプですよね。ロシアカメラではザリヤに相当します。しかし、ザリヤはプロ用カメラと言うことになっているようです。

靖国神社:
 年末は靖国参拝をしようと思っていたのですが止めました。展示館は年末休館だそうで、これでは面白くない。新年は混雑するだろうから、行く気になれないし。なかなか、参拝の機会がありません。


届きました! お名前: Мася さん [2005/12/28] No.6501
Привет
仕事納めという日に長々とミーティング。月末の報告書と...お陰で帰宅が遅くなりました。
そして待っていたのは、Tarakowski先輩からの「ギリシャ正教入門」!
明日から読ませていただきます。本当にありがとうございました。
あとがきに1978年にギリシャ正教の聖歌の発表とありました。そういえば授業中にお話しされていたことを思い出しました。
Спасибо большое!

また高校時代のことを思い出しました。
地学の先生がオーディオマニアで、タンノイのスピーカを持っているという趣味が高じて喫茶店を開業されたことがありました。
数年前、テレビで俳優の宍戸錠さんが頬の整形手術を終えた後、行きつけのお店ということで紹介されていました。

この休み中、何を撮ろうかなぁ...

Пока


チェコカメラ お名前: telefunken さん [2005/12/28] No.6500
金井さま
Optiflexは6x6の二眼レフでファインダーレンズがOptikotechna3/75 、撮影レンズがMirarT3で4.5または2.9/75となっています。シャッターはプロンターIIの1/175までかコンパーの1/250までだそうです。OptikotechnaはMeoptaに吸収されたそうです。なおこのMirarはライツ社のMirarとは無関係だと思います。発売年度は不明

Autoflex
やはり6x6の二眼レフで、1938年発売、撮影レンズはRodestockのTrinar2.9/75かMeyerのTrioplan つきがあるそうです。シャッターはコンパーSかS Rapidです。フィルム送りは赤窓ではなくアウトマートだそうです。

Meta
はっはっは。24x36mmサイズのMetaにはIとIIとIIIがあって、すべてきわめて形而下的なカメラです。IとIIがBelar3.5/63, IIIがMeopta3.5/35mmで、Metaxという1/400mまでのシャッターつきです。IIとIIIが距離計連動です。1956年から1959年にかけての発売です。



水圧ツァイス お名前: Tarakowski さん [2005/12/28] No.6499
一応回文になっていますが、深い意味はありません。

チェコ製カメラ
何台か持っていましたが、チェコ史を専攻する知人に譲ってしまいました。最近フレクサレットはオークションで良く見ますね。ポーランドのスタルトと同じく良く写る国民機です。オペマはポーランドでもゴロゴロしていました。知人の恩師の佐藤経明教授(「チェコ痛恨史」などの著者)がよくチェコ製カメラで作品を出していましたが、最近名前を聞きませんね。あとエタレッタやトイカメラも何台か持っていました。

波蘭土製写真機
ポーランドの光学産業の文献をずっと探しているのですが、まともなもの1冊もありません。何年か前、クラクフの写真美術館でポーランド製カメラの展示があったのですが、日本の某コレクターのコレクションの方がよっぽど充実していました。

その後のプラハ
今朝NHK-BSで黒沼ユリ子さんの番組の再放送やっていました。黒沼さんは勤務先の所属アーティストでしたので、一緒に仕事をしたことも。ピアニストの故パネンカさんも出ていて懐かしかったです。神様のような方でした。一度霧島温泉のホテルの部屋を間違えて真夜中に夫妻の寝室に突入したこともありました。

安房鴨川
小包の包装に使う特殊な紙を買いに鴨川まで有料道路を使って片道35キロの買い物に。ペットフードをトランクいっぱい詰め込んで帰りました。きれいな風景でいたがカメラを持って行かなかったので残念でした。



Return